ナラティブ指数(NI):物語を数値化する
RETICが毎日算出するナラティブ指数(NI)— 7つのカテゴリーで市場の支配的な物語を測定
物語を数字に変える試み
「物語で市場を分析する」と言うと、多くの人は曖昧で主観的な印象を持つだろう。確かに、ナラティブ分析にはどうしても定性的な要素が含まれる。しかし、RETICはそれをできる限り定量化しようと試みている。それが**ナラティブ指数(Narrative Index, NI)**だ。
完璧な指標ではない。そもそも物語を完全に数値化することは不可能だ。しかし「今どんな物語が支配的か」を大まかに把握するツールとしては、それなりに役に立つと信じている。少なくとも、私たちの予測が外れたとき「なぜ外れたか」を検証するには欠かせない道具だ。
ナラティブ指数の7つのカテゴリー
RETICのナラティブ指数は、市場に影響を与える物語を7つのカテゴリーに分類して測定する。
1. 地政学リスク(Geopolitical Risk)
国際紛争、制裁、同盟関係の変化に関するナラティブ。「米中デカップリング」「台湾有事」「中東リスク」など。地政学ナラティブは突発的に急上昇し、慣れによって急低下する特性がある。
2. テクノロジー(Technology)
技術革新に関するナラティブ。現在は「AI革命」が圧倒的に支配的だが、量子コンピュータ、宇宙開発、バイオテクノロジーなども含む。テクノロジーナラティブは上昇トレンドが長く、バブル形成との関連が強い。
3. エネルギー転換(Energy Transition)
脱炭素、再生可能エネルギー、EVに関するナラティブ。「グリーン投資の必然性」から「ESGバブル崩壊」まで、振り子のように揺れるのが特徴。政策変更によって急転換することが多い。
4. 金融政策(Monetary Policy)
中央銀行の政策に関するナラティブ。「利上げはいつまで続くか」「日銀のYCC修正」「FRBピボット」など。金融政策ナラティブは市場への短期的影響が最も大きいカテゴリーの一つだ。
5. インフレ/デフレ(Inflation/Deflation)
物価変動に関するナラティブ。「1970年代型インフレ再来」「ディスインフレ定着」「日本のデフレ脱却」など。生活実感と直結するため、一般消費者への伝播速度が速い。
6. 景気後退/回復(Recession/Recovery)
景気循環に関するナラティブ。「軟着陸」「ハードランディング」「ゴルディロックス経済」など。この手のナラティブは専門家の間で特に分裂しやすく、どちらが支配的かが市場の方向性を大きく左右する。
7. 市場心理(Market Sentiment)
投資家心理そのものに関するナラティブ。「FOMO(取り残される恐怖)」「リスクオフ」「キャッシュイズキング」など。メタ的なナラティブであり、他の6カテゴリーの物語を増幅または減衰させる役割を持つ。
NIの算出方法
各カテゴリーのNIは、以下のデータソースを複合的に分析して算出される。
メディア分析:主要経済メディア(英語・日本語)の記事におけるキーワード出現頻度、トーン分析(ポジティブ/ネガティブ)、記事の掲載位置(トップ記事か否か)。
SNS分析:X(旧Twitter)、Reddit、日本のYahoo掲示板などにおける関連キーワードの投稿量、エンゲージメント率、感情分析。
市場データとの相関:関連する金融商品の価格変動、出来高、オプション市場のポジション。ナラティブの「市場への浸透度」を測る補助指標として使用。
専門家コンセンサス:アナリストレポート、中央銀行のコミュニケーション、政策当局者の発言における論調の変化。
これらを加重平均して、各カテゴリーの0-100のスコアを算出する。数値が高いほど、そのカテゴリーのナラティブが市場において支配的であることを示す。
NIの読み方
高NI(70以上)
そのカテゴリーのナラティブが市場を強く支配している状態。市場参加者の多くがその物語を認識し、投資行動に反映している。注意が必要なのは、高NIが必ずしも「その物語が正しい」ことを意味しない点だ。 全員が同じ物語を信じているとき、逆方向のリスクは高まっている。
中NI(30-70)
物語は存在するが、まだ市場全体を支配するほどではない状態。成長フェーズか疲労フェーズかの判別が重要になる。
低NI(30未満)
そのカテゴリーのナラティブが休眠状態にある。しかし、外的ショックによって急速に再活性化する可能性は常にある。低NIのカテゴリーこそ、最大のサプライズリスクの源泉だ。
NIの変化率
絶対値よりも重要なのが変化率だ。NIが短期間で急上昇している場合、物語が「感染拡大」フェーズに入った可能性が高い。急低下は「疲労」フェーズの到来を示唆する。
NIの限界
正直に言えば、NIは完璧とは程遠い。
第一に、物語の「質」を完全には捉えきれない。同じスコアでも、ナラティブの内容や市場への影響の仕方は異なりうる。第二に、新しいカテゴリーのナラティブが突然登場した場合、既存の7カテゴリーでは捉えきれないことがある。第三に、地域差がある。日本市場とアメリカ市場では、同じナラティブでも浸透度が大きく異なることがある。
それでもRETICがNIを公開し続けるのは、「何を見ているか」を透明にすることが重要だと考えるからだ。予測が外れたとき、NIのどこが間違っていたかを検証し、改善し続ける。完璧な指標を待っていたら、永遠に何も始められない。